1989年を思い出してみると、世の中的にも個人的にも重要な年として、今後も頭の片隅に楔が打ち付けられたまま残るんだろうな、と思う。世の中的には「平成のスタート」「ソ連のアフガニスタン撤退」「中国天安門事件」「オウム真理教事件」「宮崎努事件」「ベルリンの壁崩壊」と、今もなお何らかの形でその影響を残し続けている出来事が頻出した年だ。
個人的な1989年に目を向けると、3月、田舎から東京に来て、月額4万円弱の小さなアパートに住み始めた。世はバブル景気といえど、20歳にも満たない自分は特に直接的なバブルの恩恵を受けることもなく、それでも夜な夜な年上の友人達に連れ出され、今の自分だって行きやしないぞって店で夜中の3時まで飲んだくれて、つかまらないタクシーを待ちながら「いわゆるこれが東京か」と思ったとき、相当な居心地の悪さを感じたもんです。
一方、「中国天安門事件」と「ベルリンの壁崩壊」は、世間知らずで歴史知らずの若者にも、相当な印象を与えた出来事だった。冷戦時代の終わりを告げる出来事、急速な民主化への欲求など共通点は多いと思うんだけど、自由を手にした瞬間の光景と、自由が弾圧された瞬間の光景は、両方ともかなりのインパクトだった。あれは紛れもない「革命」だったと思う。ベルリンの壁崩壊は中世から革命を繰り返し形を変えてきたヨーロッパを象徴するものだったし、天安門事件もまた「If you go carrying pictures of Chairman Mao……」(Revolution/The Beatles)とジョンレノンの揶揄される、革命に対する中国政府の態度を象徴するものだった。革命の結果は様々であれ、変革を求める民衆が行動を起こしたという事実を目の当たりにしたとき、自分が感じたのは、自分が今いる場への居心地の悪さだった。
そう、1989年は居心地が悪かったのだ。不景気になろうが、国の一体感が萎んで拡散していこうが、僕は1990年代のほうが好きだ。
それでも1989年の好景気にひとつだけ感謝することがある。当時20歳そこそこの友人が100万円もするコンピュータを買うっていうので、借金返済の足し+自宅内在庫一掃のために、やはり当時50万円くらいした小さなコンピュータを8万円で売ってくれた。それが僕のはじめてのMacintoshということになる。追加の8万円で30MBのハードディスクとHyperCard v2.1を買ってきたわけだが、今考えると、16万もよく金があったな。やはりバブルだったのか。…話のポイントはそこではなく、Macをコンピュータ通信に繋いだことで、その後体験した様々なことが、そのまま今の自分に直結している(それを生業にしているわけだし)のは、やはり感謝に値する。
「1989年を思い出す」という今回のテーマは、佐野元春の1989年作品『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の限定編集版(2008.6.4リリース)特集サイトで出されたお題なので、上に挙げたような日常と『ナポレオンフィッシュ』の関連性を掘り返してみると、とても深いリンクがあることに気づく。『ナポレオンフィッシュ』からの先行シングルとして「約束の橋」がリリースされたときのラジオCMが確かこんなナレーションだった。
“サイモン&ガーファンクルは「明日にかける橋」で60年代のアメリカを描いた。そして佐野元春が現代の日本をこの曲で描く”
このナレーションを聞いたときに大いに感じたのは、「約束の橋」で歌われていることの主題は、「橋」よりも「川」なんじゃないかってことだった。川は現代のTroubled Waterということなんだな、そうだ、そのとおりだ…と深く納得した。その考えは『ナポレオンフィッシュ』アルバムを全編聴いて核心に変わった。自分と自分の周辺、そこから延々と広げていった先にある世界を、どういう視点で切り取るか? というアルバムなんだと解釈しているし、その考えは今も変わらない。「ちきしょう、オレって最低だな」と思うこともあれば、鬱陶しくつきまとう人間を通して自分の居心地の悪さを感じることもある。ある国では民主化が弾圧されているけど、そのお隣で民主主義をやっている国では金ピカの享楽が暮らしに浸食している。
でもその一方、荒れ地の中で輝くものを探し出したとき「それでも世界は美しい」と思える。そうした個人的な心象が、これからはダイレクトに世界へ直結していくんだろうと、アルバムを聴く度に感じていた。『ナポレオンフィッシュ』は今でも3本の指に入る佐野元春ベストアルバムだ。
『ナポレオンフィッシュ』に続くアルバム『TIME OUT!』は、居心地の悪い世界からはサヨナラして、家に帰って、小さな自己革命からもう一度始めるぞっというアルバムなんだと思う。これもまた、当時の自分にとって、ある種の指針となった名盤だった。