今回の1曲目は「夜空の果てまで」。歌い出しがいきなりサビになっているのは、ポップチューンにおいて王道、且つ曲自体に相当な説得力がないと成立しないテクニックなわけだけど、この曲では問答無用な佐野元春ポップチューンの心髄となっている。何を持って心髄かというと、まず詩について、絶望と希望が交互に歌われている。「溢れる哀しみ押さえて生き続けていく」「毎日じゃない/気まぐれない愛の記しを見つけに行こう」、「誰にも分からないように涙をこらえ」「二人どこへ行こうか/星空よ、どうか曇らないで」……。1曲の中に絶望と希望、影と光が交互にやってくるから、単にツライ現状を歌にしたものでもないし、人生応援歌にもなっていない。聞き手のその時々の状況によって、まるで振り子のように清と濁に交互に振れるような懐の深さがあるわけです(もちろん最後に残る余韻は、確実に希望に振れている)。
音楽的にも興味深くて、皆さん気がつきました? この曲の間奏って、リード楽器によるソロじゃないんですよ。流麗なストリングスとフィードバックするギターによるコーラスなんです。これって、90年代のThe Heartlandサウンドのトーン&マナーに通じるものがあるな、と。さらに「回れメリーゴーラウンド」の最後は、音が下がるんじゃなく、ピッチベンドをグイっと上げるように歪んだ状態で上がっていくんですよね。このひねくれさ加減も上質のポップチューンたる所以ですよ。
さて次も『Coyote』アルバムの中のハイライト、「壊れた振り子」。曲はこれまた90年代以降の佐野さんの十八番ともいうべき、オーガニックなアメリカンフォークロックのテイスト。まあ、言ってしまえばCrosby, Stills, Nash & Youngとか、その後に繋がるAmericaとか、そういう心地よさがあります。『The Barn』以降、この手の曲をやらせたら右に出るものはいないんじゃないだろうか。それこそ、はっぴいえんどを連れて来い! というくらい極まっちゃってますね。そして、この演奏はスゴイね。曲の骨格を決めているアコギ、性格を決めているピアノとオルガンはすべて佐野さんの演奏。それを守り立てるドラムとベース、これがまた素晴らしい。そしてエンディングの聴かせるギターソロ(アルバム唯一?)が、非常にニールヤンギッシュ。このあたりも、Youngが加わってロック色が濃くなったCSN&Yに通じるものを感じちゃうわけです。
歌詞もスゴイですよ。具体的な事柄について言及していないので、聞き手の想像に任せている部分は多いし、「壊れた振り子は傾いたまま」というのは、いったい何を指しているのか、いろいろ論議を醸し出しても良さそうなもんですが、今のところこれに関する発言をネットなどでは見たことないです。まず前提としてあるのは「振り子の理論」だと思います。振り子はある方向に極まると、反作用で逆の方向へ流れる。これを繰り返して均衡を保つのは、どの世界・社会でも正常に機能している状態。しかし、壊れた振り子はひとつの方向に傾いたまま均衡を保てていない…と。「居眠りをしているうちに/風向きが変わってしまっていた」という一節からも伺い知れますし、その後にくる「こんな土砂降りじゃ」は「荒地」である現代の比喩にも取れる。「君が気高い孤独なら」に出てくる「土砂降り」は、つまりこういう状況のことである…とも取れる。ちなみに今月末は参議院選挙ですよ(ニヤリ)。
さて今回の「Coyote」論のラストは「世界は誰の為に」。痛快なロックンロールです。とっぱじめから「時間畑のハイウェイ」ですもん、この語感はスゴイ! いきなりそんなこと歌われると、マジメに歌の内容を講釈するのがバカらしくなるので、とにかく感覚を研ぎ澄ませて、思うままに書きなぐりますと…。曲の中に出てくる「あなた」は神様、さらにそこから通ずる倫理観のことだと思う。「あなたがいくつであろうと/かまっちゃいられない」と歌っているけど、決して蔑ろにしているわけではなく、宗教的倫理観を踏まえた上で「変化」を起こそうっていう意味に取れる。なぜそう思ったのかというと、この曲を聴いてすぐに思いついた一言が「我思うゆえに我在り」。そう、デカルトの有名な言葉ですね。文明や科学が正常に進化していくために、常に自問自答しなければならないのが「我思うゆえに我在り」。世の中で起こっている事、もしくはこれから自分がやろうと思っている事は本当に真実なのかを、疑って疑って疑いぬいて、その行為こそが真実である…と。うーん、哲学はやはりうまく説明しきれないけど、直感としてこのことを思いましたね。
サウンドにもそれが出ていると思う。特にエンディングの「ワワウェイ〜〜〜〜〜〜ィ」という、もうこれでもかってほどの楽天メロディ。さらにそれに念押しする逆回転的ギター、ポールマッカートニー風ベース、ドタバタとフィルインするドラム。どう聞いてもBeatlesやん! 中期Beatlesのジョン or ジョージ(ポールじゃないです)のような楽観性に富んだ哲学ロック。Beatlesバカとしては、なにもかもが嬉しいロックチューンですよ。
さて次回は、ついにきた……「コヨーテ、海へ」ですよ。